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田村隆一詩集「誤解」

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田村隆一詩集「誤解」集英社(1978)

大好きな詩人田村隆一さん(たむら りゅういち、1923年3月18日 – 1998年8月26日)の大好きな詩集「誤解」 です。戦後社会を「荒地」、人間を腐敗性物質と喩えた詩人の、晩年にさしかかるころの詩集です。
田村隆一さんは、早川書房のアガサ・クリスティーやロアルド・ダール(チョコレート工場の秘密)の翻訳でも有名。数あるエッセイ集・対話集も秀逸な日本語の達人でした。どれでもいいので、本屋さんで見かけたら、買って読んでみてください。読んでも頭に入ってこず、ページを戻して、もう一度読み直すような駄文はありません。
はじめて買った詩集は「新年の手紙」(青土社:1973) で、初期の「四千の日と夜」「言葉のない世界」などは、その後に読みました。代表作は、「四千の日と夜」「立棺」「言葉のない世界」「恐怖の研究」「緑の思想」…?良い詩がたくさんあるのですが、何故か何時もそばにある詩集が、この「誤解」です。相性がいいのでしょうか。
26編の詩が収録されていますが、この中から2編だけ紹介します。形容詞がなく、自由な言語感覚の洗練された言葉によるリズム感がある章句、軽味も交えて、自然観、イマジネーションの中に暗示的なものがあります。
「夏休み」の中の「古いアルバムに、鎌倉材木座海岸の砂浜で、浮輪にすがってかろうじて立っている四歳のときの、茶色の写真だけ」という章句、田村さんが東京から鎌倉に移り住んだ動機のひとつでしょうか?

誤解

秋から冬へ
人の影も物の影も長くなる
どこまでも長くなって
人と物は小さくなる
人については
ぼくは少しは知っている
政治的な肉体にエロスの心が閉じこめられている存在
若いときは誤解したものだ
エロスは肉体にやどり心は政治に走ると
そしていまも誤解しているのかもしれない
人の影と物の影がかさなりあって
暗くなって行く世界を

夏休み

梅雨前線が日本列島から遠ざかり
雷鳴がとどろくと
光りに分割された無限の夏休みが
ぼくらに襲いかかる
不思議なことに
ぼくの幼年時代と小学生のときの
夏休みは見えてこない

古いアルバムに
鎌倉材木座海岸の砂浜で
浮輪にすがってかろうじて立っている四歳のときの
茶色の写真だけ

下町の商業学校時代の夏休みは
鮮明だ
一年生と二年生のときは草津で夏をすごした
群生している月見草と山百合と硫黄の匂い
麦わら帽子をかぶって
草軽鉄道に乗って軽井沢のレストランで洋食をたべた
三年生と四年生のときは福島の高湯
春山行夫と西脇順三郎の新しい詩論集を読んだ
五年生の夏休みは修学旅行
東京 横浜 名古屋 大阪 京都 神戸の経済活動の観察と調査
一九三九年の夏だったから第二次欧州大戦の前夜
大学生の夏休みは
新宿と浅草の酒場めぐり 一九一四年夏の
「灰色のノート」というフランスの小説を読んだのも
暗い酒場の椅子だった そして
「灰色のノート」の予告どおり
ぼくらは大戦のなかに投げだされる

光りに分割された無限の夏休み
そして灰だけが残った

田村隆一Wikipedia

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