ヴィンセント・C・フィオリノ Vincent C. Fiorino – Blue canary

Dinah Shore – Blue Canary(1952)

Blue Canary(Vincent Fiorino)

Blue canary, she feels so blue
She cries and sighs, she waits for you
Blue canary, the whole day long
She cries and tries to sing a song

Boy canary will sing a tango
He will sing a sweet lullaby
He will try to chase your blues away
So please sweetheart, don’t cry

Blue canary, don’t feel so blue
For I know just what to do
It won’t take long to sing this song
And then fly home to you

Blue blue blue canary
Tweet tweet tweet the whole day long
She cries and sighs and tries
To tweet tweet tweet, to sing a song

Blue blue blue canary
Tweet tweet tweet the whole day long
She cries and sighs and tries
To tweet tweet tweet, to sing a song

青いカナリア(意訳)

ブルーなカナリア、そんなにさみしげにしないで
彼女は泣いて、嘆いて、君を待っているのさ
ブルーなカナリア、一日中
泣きながら歌を歌おうとしてるのさ

若いカナリアが タンゴを歌ってくれるよ
彼は優しい子守歌を歌ってくれるよ
彼は君のさみしさを追い払らおうとしてくれるよ
だからどうか愛しい君、泣かないで

ブルーなカナリア、そんなにさみしげにしないで
どんなだかちゃんと知ってるよ
この歌を歌ってしまえば
君のところへ飛んでゆくよ

さみしい さみしい ブルーなカナリアは
一日中チィ チィと 囀り
彼女は泣いて、嘆いてそれから
チィ チィ チィって、歌を歌おうとしてるのさ

さみしい さみしい ブルーなカナリアは
一日中チィ チィと 囀り
彼女は泣いて、嘆いてそれから
チィ チィ チィって、歌を歌おうとしてるのさ

「青いカナリア」Blue Canary

「青いカナリア」の歌は、スラブ圏のヨーロッパの古い民謡で、各国でメロディと歌詞が少し異なっていました。これを元に1952年にヴィンセント・C・フィオリノ(Vincent C. Fiorino)が作曲し、英語とイタリア語の作詞をしたものが、現在知られている歌です。バック・コーラスと鳥の囀り、ビッグ・バンド風と盛り沢山のどこか不気味で奇妙な雰囲気にアレンジしたカンツォーネで、それが独特の魅力となっています。

アメリカでは1952年にダイナ・ショア(Dinah Shore)がポップスのアレンジでカバーして、日本でもヒットし、これを元にした雪村いづみさんの英語と日本語の歌詞によるカバーで広く知られる歌となりました。
ダイナ・ショアのカバーの後、アメリカでは長く忘れられた歌となりましたが、1980年代はじめにロシアのパントマイマーSlava Poluninの主催する「スラバス・スノーショー」(Slava’s SNOWSHOW)の公演により次第に再認知されています。これはヴィンセント・C・フィオリノのアレンジを踏襲しています。

雪村いづみさんのカバーでは「さみしいカナリヤ」「青いカナリヤ」と歌われたために、青色のカナリアと思われる人も多かったようですが、この場合のBlueは「さみしい」「憂鬱」のブルーです。この歌では鳥籠の中で鳴くカナリアはBlueに囚われて危うい存在という感じの若い女性の象徴という意味があります。青色のカナリアというイメージはモーリス・メーテルリンク(Maurice Maeterlinck:1862-1949) のチルチルとミチル兄妹の童話「青い鳥」(L’Oiseau bleu)の青い鳥との混同もあるようです。

歌詞の内容は、「さみしそうで元気がないカナリアにタンゴを歌ってあげるから泣かないで」と慰めています。失恋した娘を青年が歌って慰めながら、実は青年は娘に片想いしていたというものにも思えます。そしてそれが「スラバス・スノーショー」のピエロという化粧で本当の気持ちを隠している人の姿にとても合っています。

雪村いづみ – 青いカナリヤ – 訳詞:井田誠一
ダイナ・ショア・バージョンのアレンジです。その後モーツァルト交響曲第40番のアレンジもありました。もちろんオーストリア出身のモーツァルトもスラブ圏の古い民謡を多く知っていたはずで、これらに取材した多くのメロディを自身の曲に取り込んでいると思います。

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