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60’s ナンシー・シナトラとその時代:60’s Nancy Sinatra

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NANCY SINATRA - Sugar Town 1967

NANCY SINATRA – Sugar Town 1967

Nancy Sinatra - Bang Bang

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NANCY SINATRA & LEE HAZLEWOOD-SUMMER WINE

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Nancy Sinatra - These Boots Are Made for Walkin' (1966)

Nancy Sinatra – These Boots Are Made for Walkin’

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ナンシー・シナトラ(Nancy Sandra Sinatra 1940-)は60年代後半を代表するアメリカのアイドルです。

父親は有名なフランク・シナトラです。よく父親の七光りだと言う人がいますが、ただの七光り歌手とは言い切れません。もちろん父フランク・シナトラの人脈とバックアップがあって、彼女の周りには有能なスタッフが集まりましたが、それを充分に活かしきった、あるいは彼女の魅力をスタッフが活かしたことが成功に繋がったものです。
ナンシー・シナトラは生まれながらのセレブですが、それが彼女の先進的な感性を育んだのでしょう。当時の人たちは、時代の先端を行く彼女の眩いばかりの魅力に憧れ、それが爆発的な人気に繋がりなりました。
彼女の歌には優れたものが多いのですが、やはり60年代という時代を投影したものが多いことに気付きます。その例に取り上げたのが上の4曲です。どれも彼女の代表曲と言えるものなので、知っている方も多いと思います。ひとつひとつの歌に関するブログもたくさんあるので、歌の内容については譲って、主題を考えてみます。

「シュガー・タウンは恋の町」 (Sugar Town)は、「’cause I’m in shoo-shoo-shoo, shoo-shoo-shoo Shoo-shoo, shoo-shoo, shoo-shoo Sugar Town」、「シュガー・タウンという夢のような町にいるからハッピー」というものですが、その歌詞の内容は脈絡がないものです。ナンシー・シナトラ自身の言葉によれば、これはビートルズの「ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイアモンド」のような歌だということです。とすると、シュガーはヘロインの隠語であり、シュガー・タウンにいるのはトリップして高揚した状態ということになりますがその真相はさだかではありません。

「バンバン」(Bang Bang)は、幼馴染の恋人に銃で撃たれるという内容です。「私が5歳で、彼が6歳」のときに、「He would always win the fight」(彼はいつも戦いに勝とうとした)ですから、そういう時代の中で育った恋人同士の悲劇を歌っています。映画「キル・ビル」の挿入歌にもなっています。

「サマーワイン」(SUMMER WINE)は、甘い恋のささやきのような感じの歌ですが、内容は西部劇のようで、「俺の銀の拍車」(My silver spurs)を奪うための女性の誘惑を物語調にしたもので、一種のコミックソングです。美しいメロディのデュエット曲なので、わざわざこのようなストーリーでなくて、甘い恋の歌でも良いと思うのですが、それを洒落てみせるところにスマートさがあります。最後の「バーイ」がいいですね。

「にくい貴方」(These Boots Are Made For Walking)は、邦題は意味不明ですが、内容は女性主導の恋愛、男を翻弄する女性です。その意味でも、セクシーな意味でも、この歌をカバーしている女性歌手はたくさんいます。

ナンシー・シナトラのこの4曲を聴くと、60年代という時代が少し見えてきませんか?「ドラッグ」「銃犯罪」「コミカルなユーモアセンス」「女性主導の恋愛」というアメリカの社会現象です。ナンシー・シナトラのセンスの優秀さは、それらを誰よりも早くポップスに取り入れた点でした。もちろんナンシー・シナトラが作詞作曲をしたということではなく、ナンシー・シナトラという素材・媒体に触発され、それを彼女が採用したという意味です。彼女はプロデューサーであり優れたコーディネーターの能力と人脈を元に時代を牽引したのです。そしてそれが60年代後半にナンシー・シナトラを輝かせていたものですが、70年代に入ると彼女が牽引していたであろうポップカルチャーが彼女に追いつき、加速度的に追い抜いてゆきました。60年代を境に進んだ刹那的な文化が広まったとも言えます。また一方で、大きな潮流としてベトナム戦争当時における一般大衆の意識変化がありまました。ナンシー・シナトラが属していた保守的で商業主義なものが見直されあるいは否定され、若い世代を中心として生み出された文化が次第に時代の主流となっていきました。しかし一度捲かれた種はそうそう枯れてなくなるものではありません。それは音楽の分野でも同様です。今でも輝き続ける歌もあります。私が大好きなこの歌、「恋のひとこと」(Something Stupid)もそのひとつです。

Frank & Nancy Sinatra ~ Something Stupid (1967)

「恋のひとこと」Soething Stupimd – Frank & Nancy Sinatra

ナンシー・シナトラWikipedia
ナンシー・シナトラ:オフィシャルサイト
公式MySpace

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