このサンプルページの特徴

  • コンセプト
  • 飽きの来ない基本型のデザインです。
  • トップの写真をテーマに合わせて加工しています。このサンプルでは着色写真のような郷愁感と立体感を強調しています。
  • 全体の色調を中間色で抑え、原色を使うと強調部分がより目立ちます。
  • 文章、写真主体のどちらのテーマにも適しています。
  • サンプルの写真は横須賀市鴨居の「多々良浜」です。

  

観音崎公園
トップの写真は神奈川県立観音崎公園内の多々良浜の写真です。右手に見える白い丸屋根の建物は自然博物館です。
多々良浜は名前のとおり(多々良の付く地名はたくさんありますが)、ここも多くの砂鉄を含んでいますので、磁石を持ってゆけばたくさんの砂鉄が採れます。
ここは東京湾の浦賀水道に面して、眺望が開けていますので、太平洋戦争終結時までは砲台がありました。(もっと昔の江戸時代は、観音堂があったそうですが、この地が幕末以降、東京湾入り口の海上防衛の重要拠点であることから他へ移転しました。地名の由来です。)
ここから東京湾を行き交う沢山の船をのんびりと見ているのも楽しい休日の過し方だと思います。
また、ちょうど写真の中央部あたりに昔、「ゴジラの滑り台がありました。今、くりはま花の国に再建されたものほど立派ではなく、鉄筋コンクリート製のもので、掴んでいた長方形の壁には明治製菓のミルクチョコレートの看板がありました。
多々良浜は小さな浜ですが、磯遊びや夏は海水浴も楽しめます。

観音崎公園内には「観音灯台」があります。海上保安庁が募集した「あなたが選ぶ日本の灯台50選」のひとつです。今では日本の全ての灯台が無人化されていますが、職員滞在の時代、木下惠介監督の松竹映画「喜びも悲しみも幾歳月」で佐田啓二演じる主人公の赴任地のひとつにもなっています。
日本の見学できる灯台は本州12、九州1、沖縄2の計15箇所です。灯台は大小あわせて全部で3,348基ありますから、本当に少数です。八角塔形の灯台は丘の上に立つ貴婦人のように毅然として優美です。モネの「日傘をさす女」を想い浮かべます。
灯台の狭い螺旋階段を昇り切ると、プリズムを合わせたような形状のフレネル式レンズを間近に見ることができます。まるでクリスタルの工芸品のような美しさです。船舶の航行はGPSによる誘導が主流となりましたが、灯台の15秒に2閃光の光は今でも東京湾を航行する船の安全に寄与しています。

観音埼灯台には詩人、西脇順三郎も訪れて詩を残しています。「灯台へ行く道」です。
西脇順三郎は「Ambarvalia」「旅人かへらず」「近代の寓話」などの詩集を残した有名な詩人です。詩の内容からすると写真の中のこの道を、ある年の晩夏に白いハンカチーフで汗を拭きながら、いろいろな心象風景を浮かべながら歩いた光景が想像されます。(灯台へ行く道はもうひとつありますが、「岩山をつきぬけたトンネルの道へはいる前」とは反対の方角からのアプローチになります。また、この詩が書かれたころは、この道が灯台へ行く標準的なコースでした。)
「灯台へ行く道」は西脇順三郎の詩の中では、けしてできが良いものとは思いませんが、ユーモリスティックな表現は、この青少年期の豊かなイマジネーションのような世界観を持つ孤高の詩人独特の味わいがあります。

インフォメーション

トップの加工前の写真です。普通の風景写真ですが、ホームページのトップデザインに使用するにはインパクトがありませんので、コントラストやグラデーション、色調など、大幅に加工しています。

「灯台へ行く道」
まだ夏が終わらない
灯台へ行く道
岩の上に椎の木の黒ずんだ枝や
いろいろの人間や
小鳥の国を考えたり
「海の老人」が人の肩車にのって
木の実の酒を飲んでいる話や
キリストの伝記を書いたルナンという学者が
少年の時みた「麻たたき」の話など
いろいろな人間がいつたことを
考えながら歩いた
やぶの中を「たしかにあるにちがいない」と思って
のぞいてみると
あの毒々しいつゆくさの青い色もまだあつた
あかのまんまの力も弱つていた
岩山をつきぬけたトンネルの道へはいる前
「とべら」という木が枝を崖からたらしていたのを
実のついた小枝の先を折つて
そのみどり色の梅のような固い実を割つてみた
ペルシャのじゆうたんのように赤い
種がたくさん 心のところにひそんでいた
暗いところに幸福に住んでいた
かわいい命をおどろかしたことは
たいへん気の毒に思つた
その暗いところにいつまでも
かくれていたかつたのだろう
人間や岩や植物のことなどを考えながら
また灯台への道を歩き出した

「Yokosuka Seaside Web」はMagictrain MT studioのサンプル用の架空のウェブサイトです。