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井伏鱒二『厄除け詩集』
井伏鱒二「厄除け詩集」

筑摩書房版(昭和52年7月発行)

昭和12年(1937)5月、野田書房より刊行した同詩集に井伏鱒二自身が校正、加筆、削除を行った改訂・定本版


井伏鱒二はいわずと知れた散文と詩の達人。子供の頃は、容貌が落語家の志ん生と似ていて、よく区別が付きませんでした。
この「厄除け詩集」には、創作詩、訳詩の代表作が収録されています。文学的な話は学者の方にお任せします。なおさら、解説など無粋なことは後回し。好きな詩を数編を掲載してますので、とりあえず、読んでみて下さい。(残念ながら、旧字体は当用漢字になっています。)

逸 題

今宵は仲秋名月
初恋を偲ぶ夜
われら万障くりあわせ
よしの屋で独り酒をのむ

春さん蛸のぶつ切りをくれえ
それも塩でくれえ
酒はあついのがよい
それから枝豆を一皿

ああ 蛸のぶつ切りは臍みたいだ
われら先づ腰かけに坐りなほし
静かに酒をつぐ
枝豆から湯気が立つ

今宵は仲秋名月
初恋を偲ぶ夜
われら万障くりあわせ
よしの屋で独り酒をのむ

緑 蔭

池の水ぎはの立札に
「この池に投石すべからず―当寺住職謹言」
と書いてある

ところが池に石を投げこむと
どぶんといふ音がする
もう一つ投げこむと
どぶんといふ音がする
何か薀蓄ありげな音ではないか
もう一つ投げこむと
これまた奥妙なる音ではないか

もう一つ大きな石を投げこむと
がらりと庫裏の障子をあけ
「こら待て、くせもの」
老僧が帯をしめながら
おつとり刀の格好でとび出して来た

寒夜母を思ふ

今日ふるさとの母者から
ちよつといいものを送つて来た
百両のカハセを送つて来た
ひといきつけるといふものだらう

ところが母者は手紙で申さるる
お前このごろ横着に候
これをしみじみ御覧ありたしと
私の六つのときの写真を送って来た

私は四十すぎたおやぢである
古ぼけた写真に用はない
私は夜ふけて原稿かくのが商売だ
写真などよりドテラがいい

私は着たきりの着たきり雀
襟垢は首にひんやりとする
それで机の前に坐るにも
かうして前こごみに坐ります

今宵は零下何度の寒さだらう
ペンのインクも凍りついた
鼻水ばかり流れ出る
それでも詩を書く痩せ我慢

母者は手紙で申さるる
お前の痩せ我慢は無駄ごとだ
小説など何の益にか相成るや
田舎に帰れよと申さるる

母者は性来ぐちつぽい
私を横着者だと申さるる
私に山をば愛せと申さるる
土地をば愛せと申さるる
祖先を崇めよと申さるる

母者は性来しわんばう
私に積立貯金せよと申さるる
お祖師様を拝めと申さるる
悲しきかなや母者びと

紙 凧

私の心の大空に舞ひあがる
はるかなる紙凧 一つ
舞ひあがれ舞ひあがれ
私の心の大空たかく舞ひあがれ


【訳詩】

勧 酒  于武陵

勧 君 金 屈 巵
満 酌 不 須 辞
花 発 多 風 雨
人 生 足 別 離

コノサカヅキヲ受ケテクレ
ドウゾナミナミツガシテオクレ
ハナニアラシノタトエモアルゾ
「サヨナラ」ダケガ人生ダ


如何ですか、この味わい。絶妙です。漢詩訳も話し言葉の日本語にしたように見えますが、詩の持ち味を吟味してこそ、辿りつく名訳です。例えば有名な「勧酒」の「 花 発 多 風 雨 人 生 足 別 離」は、「咲いた花に風雨も多いが、人生での別離もこのようなものだ」という意味ですが、井伏鱒二はこんなに威勢がいい言葉を使って、哀感を込めています。
詩集を読むとなると、つい構えてしまいそうですが、ぱらぱらとページをめくって、どれか気に入った一篇だけ読んでもよし。晩酌の肴にするもよし。平易な文の一篇の詩に見事に人生が映し出されています。これが分かれば、立派な大人の日本人(男性?)ですね。
時折、この「厄除け詩集」を読む愉しみ、英語まじりの流行歌に辟易している貴方には分って頂けると思います。
岩波文庫や講談社文庫も出ています。買って損なし。何度でも愉しめる詩集です。
「厄」は災難だけではありません。肉体的・精神的な変調でもあります。言ってみれば、「最近、調子が出ない。(悪いではなく)」なども「厄」です。精神的には「心配事」「未練」「悔恨」など、心のわだかまりとなる事柄も「厄」の中に入ると思います。
井伏鱒二は詩を書くことは、「風邪をひかないとおまじない」と書いています。(下の「冬」という詩を参照)もちろん一流のユーモアだと思いますが、小説に書かなかった、あるいは、書けなかった事柄などを詩にして、自分自身の精神的な鬱積である「厄」を解いていた。だから「厄除け詩集」なのでしょう。妙題だと思います。しかし、この「厄除け」、読む者にとっても、なかなか御利益があります。





三日不言詩口含荊棘

昔の人が云うことに
詩を書けば風邪を引かぬ
南無帰命頂礼
詩を書けば風邪を引かぬ
僕はそれを妄信したい

洒落た詩でなくても結構だらう
書いては消し書いては消し
消したきりでもいいだらう
屑籠に棄ててもいいだらう
どうせ棄てるもおまじなひだ

僕は老来いくつ詩を書いたことか
風邪で寝た数の方が多い筈だ

今年の寒さは格別だ
寒さが実力を持つてゐる
僕は風邪を引きたくない
おまじなひには詩を書くことだ



(筑摩書房版)
後記
これは以前に出した「厄よけ詩集」の改訂版である。もとの本にはずゐぶん誤植があった。今度それを直し、そのほか気になるものや消したいものは取除いた。消した穴埋めには、後に書いたものや思ひ出したものを付加へた。「厄よけ」は「厄除け」とした。私としては自分の厄除札の代りにしたいつもりである。
昭和五弐年六月

井伏鱒二