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フェルメール「絵画の寓意」(画家のアトリエ)

フェルメール「絵画の寓意」(画家のアトリエ)

Vermeer Allegory of the Painting

前回は、フェルメールの「ヴァージナルに向かう少女」について書きましたが、今回はフェルメール絵画に関する本命「絵画の寓意」(画家のアトリエ)について書きます。

今回は特典(?)画像を用意しました。上の画像をクリックしてみてください。部分的ですが、見えない窓際などを補って、少し立体的に部屋の様子を再現してみました。
如何ですか?アトリエに差し込む窓からの光や遠近感を感じていただけたでしょうか?。完成された絵画に手を加えることは、冒涜的な行為かもしれませんが、こうして見ると、この絵が室内を穏やかな光に包まれた画家とモデルを永遠に続くような静寂な時間と空間に定着させていることが分かります。フェルメールが絵画は芸術の中でも至上のものであり、自身がそのために生きた、画家としての誇りと幸福感をこの絵で表現したように思えます。
この絵は題名の「絵画の寓意」が示すように、また、17世紀のオランダ絵画の多くがそうであるように、描かれた個々のものに、象徴的な意味があると言われています。描かれているモデルは、歴史をつかさどる女神クレイオであり、頭上に名声を象徴する月桂冠をいただき、右手にトランペット、左手に歴史を象徴する本を抱えている。17世紀の美術界では、神話や聖書の物語や、寓意的な場面を描く歴史画が絵画の中でも、最も重要なカテゴリーであったことに由来しています。また、豪華なシャンデリアやカーテンなどは、画家が名誉ある職業であることを、背後の地図は当時のオランダの州のもので、絵画が国や街にもたらすであろう栄誉を象徴しています。こうした寓意は中世ヨーロッパの人たちには、馴染み深いものですが、現代の私たちには分かりません。私たちがフェルメールの絵から受ける感銘は、こうした寓意ではなく、豊かな叙情性にあると思います。だからこそ、フェルメールの絵画は近代的であり、時代を超えて突出しているといえます。

ヨハネス・フェルメールに関する私的な資料は、ほとんどありません。出生や婚姻などの公的な記録によって、その生涯を推測するしかありません。ヨハネスやフェルメールという名前もよくあるようで、フェルメール・デ・デルフト(デルフトのフェルメール)と区別されたこともあります。さすがに有名になった現代では、フェルメールというだけで分かります。生前は画家組合の理事になったり、絵画鑑定をした記録があるので、画家として認められていたことが分かります。にも拘らず、残されたフェルメールの作品はきわめて少数です。もうひとつの家業である宿屋の仕事が多忙であったからかもしれません。この絵に描かれている画家もモデルも誰であるのか記録はありませんので、画家がフェルメール自身なのか、他の画家なのかは分かりません。ただ、フェルメールは生涯この絵を手放さず、妻と11人の子供を残して死去した際にも、手放さないように遺言したことから、フェルメールにとっても妻や家族にとっても重要なもの意味があったことは確かだと思います。ただ、きわめて個人的な想像ですが、フェルメールは画家であったことに誇りを持ち、残された家族への形見として、自分の幸福であった生涯の思い出として残したように思えます。画家がフェルメール自身で、女神クレイオのモデルが妻であれば、とてもロマンチックですが・・・。

フェルメールの最高傑作はどの絵かと考えたとき、「デルフトの眺望」とこの絵とどちらにするか、少し迷うところもあります。「デルフトの眺望」は野外の眩い光と色彩で愛する故郷、デルフトの街を描いたオランダ風景絵画の傑作ですが、個人的な好みを加えると「絵画の寓意」(画家のアトリエ)を挙げたいと思います。何か、フェルメールの想いが込められているようで、より親しみを覚えるからです。

「絵画の寓意」(画家のアトリエ)の壁紙はこちらの壁紙ページにあります。